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エコロジーの鐘が鳴る ナターリア・ヤスケービッチ(女)

エコロジーの鐘が鳴る ナターリア・ヤスケービッチ(女)
 第二中等学校10年生 ルニネツ町

 核による死が、花咲く地球の上に覆いかぶさっているなどと、一体誰が考えられるだろう。チェルノブイリ事故を人類への最終警告であると評したのは、アメリカの科学者ゲイルである。「ニガヨモギの星」に焼かれた人にとって、それに毒された水や空気で生活せざるをえなくなった人にとって、それは既に警告ではなく、苛酷な現実になってしまっている。チェルノブイリの悲劇は、時がたつにつれその強烈さを少しは失うことがあっても、他の不幸のように完全に記憶から消えてしまうものではない。「時は薬だ。時は相いれないもの同士を歩み寄らせる」と人は言う。だが本当にいつもそうだろうか。

 チェルノブイリの重荷を背負うことは、私たちにはきつすぎる。大惨事の日々から時がたつにつれて、事故の被害によって苦しむ人がますます多くなっている。「こんなことは以前にはなかった」そうだ。なかった。以前は母と一緒に森へ行き、キノコをとって火であぶり、塩をかけ、酢漬けにしたものだ。私のふるさとは、昔からキノコの里と言われていた。私は今でもヤマドリダケ、アンズダケ、ヤマイグチなどのいろいろなキノコの匂いや味を覚えている。だがそれもただの記憶となってしまった。科学者(放射能の安全性についての専門家)たちは、ほかの植物にくらべ、キノコは放射能の蓄積量が多いと警告している。たとえキノコを食べなくても、放射能はどんな食べ物にも含まれており口にしなければならない。いったい何を飲み、何を食べろというのだろうか。

 ある日、シュクリャロフスキーの詩が目にとまった。彼はベラルーシの出身で、放射性ストロンチウムや放射性セシウムで汚染されたプリピャチ川に何度となく行ったときのことを詩に書いた。

  庭にリンゴが落ちる音がひびきわたる
  原子の露の上を歩く
  リンゴや白いキノコのわきを
  さっさと通り過ぎる
  かがみもせず
  花や草に憎しみを抱きながら

 この詩を読むと、鳥肌が立つ。『花や草』という言葉は、人間の行い、つまりわれわれをチェルノブイリ事故に導いた社会の構造を表している。ある日、テレビで原子力エネルギー研究の指導的立場の人の演説を聞いたことがある。彼はこう言った。「科学には犠牲がつきものだ、その犠牲の中には、人間までもが含まれるのだ」と。ドストエフスキーが言ったように、赤ちゃんを殺すような人間が平気で暮らしているような社会の中に、調和などありえない。この科学者は野蛮な人間だと思う。私たちは科学のとりこにはならない。かといって無知のままでいるわけでもない。人類だけではなく、全ての生命に対して心を寄せるべきである。

 人のもみあげに白いものが現われたり、一晩中眠れないというのは、単に気分が滅入っているからではない。衰弱し、病気になっているのだ。私は楽観主義者ではない。全く反対に、何事にも暗たんたる思いを持つ悲観主義者なのである。痛みで見が覚めたとき、目に見えない獣の手で首を絞められるとき、鼻血が出るとき、絶望で泣きたくなるときには、特にこのような気分になる。このような『とき』を並べるだけでもう苦しくなり、我慢も限界に達する。しかし、私は我慢強くなった。母にこれ以上心配をかけたくない。母が私を見ているときの苦しみようは、とても表現できない。医者はもう私を治療できないでいる。そして、きまってこう言う。治療に「必要な薬がない」と。

 人が死ぬ。あの家、この家から、続々と死者が出ていると聞く。真冬の路上の蝶のように死んでいく。これは全部放射能のせいなにか、正確にはわからない。だが私が思うに、犯人はやはり放射能だ。本当にいまわしい放射能は親戚や知人、あるいは知らない人までも、次々に墓場に送っている。

 私の祖父が話していた。戦後、人々は生きるために一生懸命働いた。子どもや孫たちは、今、占領中は占領直後よりもっと恐ろしい時代に生きている。草原を走り回ることもできず、川で泳ぐこともできず、日光浴もできないと。祖父は放射能を恐れていない。「わしらは放射能を吸い、放射能を食べるさ。放射能はどこにでもあるんだ。年寄りにはどうってことはない。もう充分生きてきたし、いいことも悪いこともすべて体験済みさ。だけど、お前たちはどうなるのかね」

 エコロジーの鐘が鳴っている。苦痛と不安の鐘の音だ。苦痛とは大量の酸性雨がしみ込んだ私たちの大地であり、化学物質によって汚染された川であり、伐採されつくした森林等々である。不安とは次の世代のことである。鐘の音が鳴き、うめいている。その音が訴えるのは、チェルノブイリのことだ。この悲劇は全世界を揺り動かした。チェルノブイリの教訓は、徹底的に解明されなければならない。そうしてはじめて、そのようなことが二度と起きないように期待できるのである。1986年に「落ちてきた」ニガヨモギの星はいまだに悪業を続けている。人間は、自分たちが自然の一部であると認識しないかぎり、いつでもどこでも、このようなことが起こり続ける。自然への感謝がなければ、人は自然とともに滅びるだろう。今日、まだこのことを理解できていない人がいることは、大変残念である。

 私の今の希望は、ふるさとの町を出て、放射能のないところに住むことだ。私の姉のスベトラーナはブレスト音楽学校を卒業する。幸せなことに、彼女は私みたいに病気をしていない。

 この作文をベラルーシの偉大な詩人ヤンカ・クパーラの詩で終わりにしたい。

  祖父の大地を返してくれ 全能の神よ
  あなたが 天空と大地の皇帝であるならば


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まとめ【エコロジーの鐘が鳴る】

エコロジーの鐘が鳴る ナターリア・ヤスケービッチ(女) 第二中等学校10年生 ルニネツ町 核による死

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子供たちのチェルノブイリ

Author:子供たちのチェルノブイリ
昔、こどもたちのチェルノブイリの作文集を選ぶボランティアをしました。この時の衝撃は今も心に残っています。
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 ohanamoon@gmail.comまで

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