スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

チェルノブイリとは…… オリガ・セメンチュック(女)

チェルノブイリとは…… オリガ・セメンチュック(女)
 第二九中等学校11年生 ゴメリ市

  わがスラブ民族の大木に
  チェルノブイリの有刺鉄線が
  巻き付けられた
   タイシア・メリチェンコ

 チェルノブイリとは、通学路で見る露にぬれたアスファルトの道、空、木々、そこで騒いでいる鳥など美しいものすべてが、死にさらされていることを信じないように自分をだまし続けることなのだ。つい最近まで、生命のシンボル、そして天の恵みだった夏の雨が、今では毒され、とても危険なものになったということを、以前は、できるだけたくさん吸うようにと医者がすすめた大気が今は病気と死をもたらすことを。そのうえ、大地とすべての生きものをあたためていた黄金の陽光が今では無慈悲にも、放射線を浴びた人間の病気を加速させ致命的な打撃を与えることを。

 チェルノブイリとは、ベラルーシ文学の授業中に、それまでは誰もが知らなかったような作品が読まれることである。これらの作品のすべてが、一つの共通のテーマ……チェルノブイリの事故でまとめられている。これらの本はすべて、恐ろしい死の現実をするどく理解させる。

 アレーシャ・アシベンコの「不吉な星」は、心の痛みなしには読めない。ことに、チェルノブイリで致死量の放射能に汚染され、死の静寂が漂っている村から脱出してきたゴメリの詩人の作品は。

 チェルノブイリとは、物理の教科書で、放射能から身を守る方法を読むことである。しかしそこには、「(放射能をおびた)施設から遠ざかる」ことしか書かれていない。こんなばかばかしい本を読むと、ずたずたに引き破り、この本をつくった人の目をのぞき込みたくなる。

 チェルノブイリとは、恐ろしいほどの苦痛であり、魂の退廃のことである。「施設から遠ざかる」という助言通りに、ロシアにある町に療養に行くとする。そこでは同情や援助ではなく、冷淡さや敵意にさえ出合うのだ。そこでは、あなたと同年の子どもの両親たちが、「チェルノブイリの坊主頭」たちが自分たちの一人娘に何か危害を加えるのではないかをおそれている。

 チェルノブイリとは、贖罪のゾーンのことである。これは、30キロゾーンといわれるものとは別物である。ベラルーシの大地は長いことゾーンと呼ばれることだろう。私のふるさとの大地は全て、刻印されてしまったのだ。チェルノブイリの事故のあと、外国人も含め多くの人がベラルーシに来るのを避けるようになった。

 チェルノブイリとは、恐怖。未来に対するあらゆる恐怖のことである。チェルノブイリの体験は、森やきれいな水や、空までをも疑わせる。いま、医者に行くのが怖い。だって、検査のあとで医者から何を告げられるのか。放射能の目に見えない攻撃は、すぐにはふりかかってこないにしても、確実に続いているからだ。

 チェルノブイリとは、短期間滞在する外国人が、なんとか恐ろしさを隠した顔で、「放射能の数値が通常の何十倍もあるところでどんな暮らしをしていますか」と、質問することである。もちろん彼らが、私たちを理解することはできないだろう。以前、事故のあとで、ある政府の幹部が何を考えていたか、私たちが全く理解できないように。彼は言った。「わが国では、自然と人体に対する放射能の影響について、短期間でも長期にわたっても、多くの経験が蓄積され、不偏化されている。ゆえにチェルノブイリには放射能の悪夢はなく、被害の起こることはないだろう」と。

 チェルノブイリとは、第二次世界大戦よりもっと恐ろしい本当の戦争のことである。人類史上におこった戦争の中で最大のもの。ベラルーシの大地に冷酷な敵が荒れ狂っている。人殺しは見えないし、いつ彼と出合っているのか感じないし、どう闘っていいのかもわからない。でも、この見えない悲惨な戦闘にも多くの英雄がいる。消防士、飛行士、労働者、職員など、原発事故後のきびしい状況と戦い、自分の健康や生命までも犠牲にして私たちを救ってくれた人々である。

 チェルノブイリとは、絶望や不気味な予感がまるで鋼鉄のペンチのように心をしめつけること。この心の痛みと無力さから、全世界に向かって叫び、神にあわれみを乞いたくなることである。「神様、どこにいるのですか。あなたは何の罪でベラルーシの人々にこれほどの苦悩と苦痛をさずけられたのですか」と。

 チェルノブイリとは、多分、地上で行われたすべてのことへの母なる大地の恐ろしい復讐である。私たちの父や祖父たちの償うことのできぬ罪業、母なる大地への数十年にわたす愚弄、果てしない偽りに向けられたものだ。私たち自身が70年も取りつかれたようにチェルノブイリに向かって歩み続け、原子炉の爆発へとたどり着いた。他でもない、われわれ自身がこの悲劇の罪人なのである。

 それでも私は、チェルノブイリ事故が、わが祖国の歴史の最後の1ページにならないように望んでいる。私には夢がある。いつの日か、せめて私たちの孫の時代には、川や湖が再び蘇り、雨もまた命を与えてくれ、そして、太陽は再び魔法の光で、私の大切な疲れ果てた大地をやさしく暖めてくれるという夢が。私はひたすら夢みている。それでなければ生きてはいけない。


スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

子供たちのチェルノブイリ

Author:子供たちのチェルノブイリ
昔、こどもたちのチェルノブイリの作文集を選ぶボランティアをしました。この時の衝撃は今も心に残っています。
 連絡先
 ohanamoon@gmail.comまで

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。