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永久に続くのだろうか タチアーナ・オクチオノック(女)

永久に続くのだろうか タチアーナ・オクチオノック(女)
 ラドシコビッチ中等学校9年生

 ふるさとの家、ふるさとの村、ふるさとの町、そして祖国。生まれた土地への愛着が心に芽生えるのは、いつの頃からだろう。それはおそらく、音や音楽、そして匂いなどのイメージを感じはじめる幼い頃だろう。

 ふるさとの思い出は、苦しい時に人を慰め力づけてくれる。どこにいても、どこに住んでいても、幸せだった子どもの頃の思い出は、夢のなかでさえ人を裏切りはしない。私はよくキノコ狩りや木々の下のやまどりの夢を見る。夢の中でもキノコを注意ぶかく採って、やさしく小かごに入れるのだ。

 今私はふるさとの森に行くと、たまらない懐かしさとともに、正反対の感情が湧いてくる。なぜなら、森はチェルノブイリの死の影に犯されているのだから。私はチェルノブイリをテーマにした詩を書いた。

  チェルノブイリ 原子のパーティー
  私のふるさとへの 死の贈り物
  汚染地図には おまえの残した爪痕が見える
  学校のノートに書いた地図には
  真っ白なページに 無数のしみが浮いている
  どこをめくっても 死に絶えた川ばかり
  どこをめくっても 破壊された森ばかり
  そして だれも 居なくなってしまった村
  独り身の老婆たちの もの悲しい泣き声
  こんなことが 永久に続くのだろうか
  この不幸からの救済はないのだろうか

 チェルノブイリの悲劇。それは偶然の事故ではなく、私たちの生きてきた過去の当然の結果。善も悪も全て人から始まる。爆発の原因を調査した専門家もこう結論づけた。そして人の存在は技術と切り離してはありえない。原子炉の導入を実現させたアカデミー会員も、原子力発電所を経済的に設計し、建設した人も、そして4月の夜に実験を行った人も。

 人が発明したもので、放射能より恐いものはないだろう。考え始めると本当に恐ろしくなる。私たちが歩き呼吸している大地には、健康に対し致命的なほど危険なチェルノブイリの毒がすっかり染みこんでいるのだ。汚染地区の人々は、放射能という大蛇にとってのウサギのようなものだ。

 昔から代々受け継がれてきた、この地区の生活文化は断たれてしまった。汚染された土地では安全な作物は穫れない。だからその土地は、すべて森や茂みとなる運命にある。でも安全な餌がなければ、安全なミルクや肉はいったいどこから手にいれるのだろうか。このように全てが関係しあい、つながっているのだから。

 現在では科学が、放射能と白血病や甲状腺ガン、肺ガンとのあいだの因果関係を明らかにしている。このことは科学者らがラットの実験で証明した。

 放射能の被害は、食品汚染という形でベラルーシ全土に拡大しているという。でも共和国の人々は、汚染地区で生産されたものを食べている。私たちが今まで気づかなかったようなことが、密かに行われていたのだ。でも今多くの人は、このことに気づきはじめた。(最近、テレビ番組『真夜中の前と後』で確認された。)

 ベラルーシにあるいくつかの食品加工工場は、以前はラベルに住所を印刷していたが、今では、あいまいな「アグロプロム(農工複合生産)」という文字に置き換えられてしまった。また、あからさまな偽造の場合もある。たとえばゴメリで生産されているマヨネーズの缶に、モスクワ製と印刷したラベルを貼っている。今ベラルーシの人は、自分たちが食べる食品を選択することができなくなっている。チェルノブイリ事故が招いた恐ろしい結果について、新たなことを見たり聞いたりするたびに心が痛む。

 この作文を書いている今は春だが、私は秋の庭の情景を思い浮かべている。枝にたわわに実る大粒でみずみずしいリンゴは、キラキラとばら色に輝いている。でもそれは、ただ地に落ちるだけの運命なのだ。このリンゴには、ストロンチウムやプルトニウムがいっぱい詰まっているのだから。

 自分たちの土地が汚染地区とわかった人たちは、どんなに辛かったころだろう。年老いた人の多くは、死ぬまで村に居残ることを決め、それ以外の人たちは、子どものために移住を決断した。詩人のアントニーナ・ホテンコは、チェルノブイリの悲劇を描いた詩の中で、人々の悲嘆にくれた感情をこうあらわしている。

  老婆のもの言わぬ手が スカーフを握りしめる
  白い大地の上には 白血病の悪魔が潜む

 あの悲劇の4月の朝から、8年が過ぎた。国家最高ソビエト(※)は、チェルノブイリ事故被災者保護の法律を採択した。全世界の慈善組織や親切な人々が、わが共和国に大きな援助をしてくれている。でもチェルノブイリの悲劇は、人々の心を痛めつけている。人々は神経質で怒りっぽくなっている。


※最高ソビエト
 日本の国会にあたる

 人々の心が優しくなり、お互いに助け合うようになってほしい。共和国の指導者が食品の品質管理を行い、安全な食べ物が店の棚に並ぶようにしてほしい。放射能に汚染された場所でも安全に仕事ができる方法を紹介するエコロジーセンターを設立しなければならない。このセンターによって、国家的な規模で、発病の最新の予防法が広く伝えられなければならない。そしてセンターが人々に助言を与え、永く生き延びる手助けをしてもらいたい。

 チェルノブイリの死の灰が、私たちの胸をえぐる。この肺は、私たちの痛みであり、歴史であり、忘れてはならない記憶なのだ。

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子供たちのチェルノブイリ

Author:子供たちのチェルノブイリ
昔、こどもたちのチェルノブイリの作文集を選ぶボランティアをしました。この時の衝撃は今も心に残っています。
 連絡先
 ohanamoon@gmail.comまで

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