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聖なる大殉教者 ビクトリア・コズローワ(女)

聖なる大殉教者 ビクトリア・コズローワ(女)
 第一中等学校10年生 モズィリ市

  ポレーシェの大地に
  ミンスクに
  モギリョフに
  誰かが わざと
  不幸を なしたのか
   ウラジミール・パブロフ

 聖書に「あなたたちは真理を知り、真理はあなたたちを自由にする」と書かれています。プリピャチ川上流の核爆発の恐ろしい事実は、被災地区の住民にはすぐに明らかにされませんでした。明らかになったのは、その暗黒の日から数年たってからでした。人々は、子どもや家族の運命への苦悩と不安でいっぱいになり、放射能の灰がばらまかれた土地に、一日でも、いえ、たった数分でも住んではいけないことを、ようやく認識しました。しかし、この恐ろしい真理を認識しても、ポレーシェの人々は自由にはなりませんでした。

 チェルノブイリでの突然の事故は、一瞬にして未来を全部消し去り、鉛のような重さで人々をおさえつけました。ここ数年、子どもが甲状腺腫瘍の病気にかかる割合がこれまでにない高さで記録されています。22倍の高さです。このただのそっけない統計の影に、どれだけの具体的な苦しみがあるのか想像できますか。

 あるポレーシェの小さな女の子の短い人生についてお話しましょう。彼女の父親は、モスクワの病院で、骨髄移植手術の失敗後すぐに死にました。彼はミチノ墓地に埋められました。その数日後には、彼のとなりに名前のない娘が埋められました。彼女は父の死後、モスクワの病院で生まれたのでした。年取った助産婦は赤ちゃんの状態を見て絶望し、言ってはいけないことを口走ってしまいました。「生きてなくて、よかった」と。赤ちゃんは実際長くは苦しみませんでした。名前をもらう時間さえなく、姓だけ記されました。母親の胎内で、4月26日、放射能の「洗礼」を受けたのでした。この名もない赤ちゃん、聖なる大殉教者は苦悩以外は何も経験せず、罪のないチェルノブイリの犠牲者のために祭壇の、父親の隣に永遠の眠りについたのでした。

 ポレーシェの子どもたちは、今でも汚染された土の上を走りまわっています。彼らの多くが、今述べた小さな殉教者と同じように、新郎にも新婦にもなれず、自分の子どもの誕生の喜びもその神秘性も感ずることができず、赤ちゃんの第一声も聞けないでしょう。

 なんと多くの人々の目の前で、ロウソクの火のようにゆっくりと彼らの親類の命が消えていったことでしょう。この思い出にはどれだけの不幸と苦悩があることか!

 ある日、雨の後、草や花を何か鮮やかな白いものが覆っていました。姉が私を呼び、「見てごらん。銀の雨よ」と言いました。その日は暖かかったので、姉は袖なしの胸の開いたワンピースを着ていました。2年後、姉は乳腺ガンで死にました。死の直前までは、彼女は、両親に病名を隠し続けました。

 家族のものが死ぬと、自分のまわりの世界が崩されるような気がします。だけど、そういう気がするだけで、実際には、生きているものを心配する人がいる限り、生命は続くものなのです。しかし、ゾーンは違います。

  そこでは悲しい村々があわれな音をたてる
  そこは 夜ごと 哀愁がうなる
  カッコウの涙が悲しげに
  毎朝 草原で ひかっている
  笑いが忘れられ 冗談も忘れられた
  小道には草が生い茂る
  そのどこか目に見えないところに
  土のうえに
  魂が張り付いている

 打ち捨てられた農家の窓は忘れさられたようにみえます。身のまわりのものを整理しながら、人々はすぐに戻ってこられると信じたので、必要なものだけを持っていきました。これにつけこんだのがよそからきた泥棒です。短い間に貴重なものがすべて盗まれてしまいました。人の不幸が、他人の利益になってしまったのです。このように、悪魔の舞踏会で楽しむことは、キリスト教徒にふさわしいことでしょうか。このような財産は、決して幸福をもたらしはしないはずです。

 地獄の炎に身を投げ出し、家族に別れもできなかった英雄たちの行為をどうして無視できましょうか。彼らは、この作業をすることによって自分たちがどうなるかをよく知っていました。しかし、彼らは怒り狂う核のクレーターの上で、ためらわずに、自分の身を、そして未来を、貢ぎ物のようにその貪欲な胃袋に向かって投げ出しました。彼らは、私たちのために、自己犠牲の炎で自らを焼いたのです。

 ミンスクのフィルハーモニー劇場で、画家のM.ザビツキーのチェルノブイリをテーマにした絵の展示会がありました。長い年月がたっても絵はいつも人類にチェルノブイリの惨劇を思い起こさせるものになるでしょう。私たちの子孫のだれかが、「チェルノブイリのマドンナ」のまるで生きているかのような苦痛で一杯の目を見て、次のような質問をするでしょう。

 「遠い二十世紀に起こったチェルノブイリの事故とは何だったのか。どうして私たちの祖先はこのようなことを引き起こしたのだろうか」と。

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子供たちのチェルノブイリ

Author:子供たちのチェルノブイリ
昔、こどもたちのチェルノブイリの作文集を選ぶボランティアをしました。この時の衝撃は今も心に残っています。
 連絡先
 ohanamoon@gmail.comまで

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