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時限爆弾 ビクトル・トロポフ(男)

時限爆弾 ビクトル・トロポフ(男)
 第三十河川船隊工養成学校 ゴメリ市

 何のために作文のテーマがこれに選ばれたのか分からない。あなたたち大人は僕たちから何を聞きたいのか。あなたたちは、あなたたちの運命の中のチェルノブイリ、あなたたちの子どもの運命の中のチェルノブイリの意味については、あなたたち自身がよく知っているのではないか。この緊急の課題の作文を全国で書くことによって、何かが変わるのだろうか。僕は、放射能の被害にあった人にこれを書けというのは恥ずべきことだと思う。彼らがどういう生活をしているのか。放射能による障害が彼らの運命をどう変えたか、僕は聞くことができない。

 僕たちはチェルノブイリの事故の後、多くのことを考えさせられた。僕個人も、考えざるをえなくなった。善と悪と正義の問題である。チェルノブイリは、われわれの動物性、無責任性、すべての分野におけるプロ意識の低さをさらけ出した。されにそれは、厚かましさと低い道徳性がどこに行き着くかを示した。僕はV・Pアントーノフの本「チェルノブイリの教訓」を読んだ。その中で著者は「この悲劇は経済よりもむしろモラルの面で起こっている」とはっきりと書いている。チェルノブイリの事故の前には、エゴイズム、無関心、無責任が強まっていたし、指導部には指導力が欠如していたし、不道徳な考えもはびこっていた。「上のほうは何でも知っている。われわれはノルマを達成するだけだ」と。チェルノブイリはその総決算なのである。

 しかし、今日こうしたことはすべてなくなったのだろうか。でなければ、チェルノブイリがふたたび起こらないという保障はどこにあるのか。

 チェルノブイリについて語られることが少なくなり、それに慣れてしまったように僕には見える。僕はまちがっているかもしれないが、古い寓話の中のように、人間は三つのタイプに分けられることを、この悲劇は僕に教えてくれた。第一の人は焚き火によじ登り、第二の人は薪を運び、第三の人は焚き火に手をかざす。チェルノブイリの焚き火のまわりで手をかざすことは、最高に不道徳なことである。

 より古い世代は幸せだった幼児期にたいしてスターリン(※)に感謝していたが、僕はチェルノブイリに対し、われわれに世界を見させてくれてありがとうと言うことはできないし、言いたくもない。子どもたちは外国に出かけ、外国の子どもたちと知り合い、外国の美しいものを見、他人の親切に出合った。このことで、チェルノブイリに感謝することは全くのナンセンスである。そのために悲劇が必要なのか。


※スターリン
 ソ連時代の指導者

 チェルノブイリの影響は今のところ直接僕の運命にはない。僕の健康状態はよい。だが、チェルノブイリの悲劇が5年後のわれわれの運命、われわれの健康にどのような影響を与えるのか、僕の未来の子どもたちには影響がなくなっているのかは、誰にも分からない。だから、僕の運命において、チェルノブイリとは時限爆弾なのだ。暇なとき、このことについて考え出すと全く恐ろしい。これは決して子どもの問題ではない。

 ぜひ、大臣、議員、学者に作文を書いてもらうよう提案したい。しかし、その際テーマは「わが運命、わが子どもたちの運命におけるチェルノブイリ、及び、この問題がなくなるために私は何をしたか」というふうに改めたらいい。

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子供たちのチェルノブイリ

Author:子供たちのチェルノブイリ
昔、こどもたちのチェルノブイリの作文集を選ぶボランティアをしました。この時の衝撃は今も心に残っています。
 連絡先
 ohanamoon@gmail.comまで

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