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私は生きる リュドミラ・チュブチク(女・14歳)

私は生きる リュドミラ・チュブチク(女・14歳)
 グルシュコービッチ中等学校7年生 レリチック地区

  魅せられた魂のモノローグ
  僕のふるさとよ 僕の愛するふるさとよ
   ヤコブ・コラス

 こんにちは。私の見知らぬ友よ。私はだいぶ前から、あなたと、考え方や夢を分かち合い、私の14年間の生活、今の悩み、心配や不安などを打ち明けたいと思っていました。私は、なぜあなたと心の内を語り合いたくなったのでしょうか。あなたならたぶんきっと、人々があまりに忙しく、他人のことなどかまっていられないこの時代にも、私の話に熱心に耳を傾けてくれるにちがいないと思ったからです。初めに自分のことから書きます。

 私はリューダ・チュブチクといいます。私が生まれたところは、ポレーシェの沼地と草原の中の、特に目立ったところはありませんが、かわいいちいさな村です。グルシュコービッチといいます。村の名前は、年寄りの言い伝えによると、深い茂みという意味の「グルーシ」からきたそうです。昔、ここには大きな雷鳥の大群が住み、ウラジーミル・モノマフ大公(※)が野牛狩りの際にけがをしたところでもあります。私たちの村の右側はジトミール州、左側はロベンスク州で、どちらも隣の国のウクライナの州です。ウクライナの人たちとは、畑や川、店や学校、草原や森で会います。


※ウラジーミル・モノマフ大公
 12世紀、キエフルーシの大公

 昔、村の周りには、造船用のとても背の高い松がありました。そうなんです。笑わないでください。本当に造船用なのです。ここに来てみませんか。松以外にもいろいろな木があります。森の中には私の好きな場所があります。ジモビッシチェというところです。そこにはカシワの木があります。普通のカシの木ではなく、カシの木の王といわれています。その巨大な根元は三かかえもあり、大きな葉と枝をつけ、青空に向かってそびえ立つ幹を力強く支えているのです。そのジモビッシチェには、スズランが咲き、クルミの木があり、沼地にはツルコケモモ(※)がはえています。そこはまさにコケモモの宝庫なのです。このジモビッシチェを、お金儲けのために切り開こうとする人々の手から守ろうと、彼らの前に立ちはだかった人がいます。林業の労働者でイワン・ズブレイという人です。

※ツルコケモモ
 北半球の寒帯~亜寒帯に分布し、高山から低山上部の日当たりのよいミズゴケの高層湿原に生える常緑小低木。

 かわいい私の友だちよ。私はジモビッシチェが好きです。ひいおじいさんから代々うけつがれてきた、この私の家族のようなジモビッシチァンスキー・モフが好きです。信じられないかもしれませんが、そこには誰も干し草を積んだりはしません。沼地はたくさんあってそれは少し苦みのあるコケモモを盛った深皿の底のようです。秋の初め、沼知のマフ(※)のまわりには、ヤマナラシ(※)が朝風に揺れています。その下には、よく熟れたコケモモだけでなく、足のふみばがないほど、ヤマイグチ(※)の赤い帽子がびっしりと敷きつめてあるのが見えます。その上に立つのはこわい気がします。赤い帽子の衛兵をたたき落としはしないかと思って。

※マフ
 苔

※ヤマナラシ
 温帯~亜寒帯に分布し、亜高山帯の河岸、日当たりのよいやや湿った場所に生える落葉高木。

※ヤマイグチ
 キノコの一種

 森の中をもう少し先に進むと、小さな谷があります。ここの主はキノコのヤマドリダケです。このキノコは根から引き抜かれると、力の限り泣き出します。

 クルミの木の林を通り抜けると、ツルコケモモがびっしりはえた沼にでます。それは、まるでおばあさんの鮮やかな花柄模様のスカーフのようです。コケモモについてはお話する必要はありませんよね? あなたもよくご存知でしょうから。こちらに来ませんか。グルシュコービッチのコケモモの里をみませんか。

 私は、なぜ自分の約束の地について書いたのでしょう。私が生命を受けたこの土地は、私にとっては、始まりの始まり、人生の喜びと、私をとりまく世界との出合いの出発点なのです。なぜ書いたかというと、多分、私の好きな作家の表現を使えば、それは私の「小さな祖国」であり、私のルーツだからでしょう。

「よし、分かった。どうして君は自分の祖国のことを僕に話したくなったの? 何か心配なことがあるの」と、あなたは言うことでしょう。

 去年の夏、私はまた、ジモビッシチェに行ってみました。そこで、キノコを集め、歌をうたい(私は歩きながら歌うのが好き)、いつものように心ゆくまで森の中に溶け込みたかったのです。「こんにちは! 赤い足のコウノトリさん」「あなたは、シダさん、いつ咲くの」私は走り、喜びで大声をあげ、おーいと叫び、歌い、そしてツリガネ草を摘みました。黄色くなってきた草や落ち葉も踏みつけたくありませんでした。私は何かに引きつけられるように、白樺林の中の小道を通り抜け、森の奥へと入って行きました。そこにはキノコのヤマドリダケがいつも私を待っているのです。一つ目が見えました。二つ目は、白樺の落ち葉の下に隠れています。三つ目は……。えっ、あれは何でしょう。真新しい白樺の立て札が立っています。その立て札には「禁止区域! 家畜の放牧、キノコ狩り、イチゴ狩りは絶対にしてはいけません」と書いてあり、その下に、皮肉にも三つ目のヤマドリダケがあるではありませんか。どうしていいか、私には分かりませんでした。キノコを根から抜き取り、捨てました。しかし、すぐまたそれを拾い、土に埋めもどしました。私の手は震えていました。頭をあげてもう一度立て札を見ました。キノコはバラバラになってしまいました。立て札を引き抜き、壊したくなりました。

 ああ、神様。どうしてここに、私のジモビッシチェにひどい匂いのする、地をはうような霧が立ち込めているのでしょうか。どうして。チェルノブイリから直線で145キロもあるのに。

 寛容な神様。何のための苦悩なのですか。私のふるさと、私のポレーシェはイチゴとキノコの豊富な土地です。コケモモも有名です。それが、一瞬にして、全部毒されてしまったのです。

 樹齢数百年もの巨大なカシの木を見、小川を眺め、そのせせらぎを聞き、鳥の歌声を聞くたびに、私は自分の心臓が飛び出し、空に飛んでいってしまいはしないかと心配になります。あまりの壮麗さに耐え切れず、目がつぶれ、音が聞こえなくなり、私のふるさとの自然の美しさが見えなくなりはしないかと心配になります。

 私は大地に飛び込み、抱き締め、口づけし、感謝したいのです。そこには曽祖父たちの足跡がしるされているのですから。

 私たちの生地よ、許してください。ふるさとの大地を愛しています。巨大なカシの木さん、大きいクルミの木さん、コケモモさん、若草さん、私のふるさとのすべての生きるもの。みんな、許してください。私は自然を救うため、大地のため、人のため、できることは何でもします。どんなチェルノブイリも私を邪魔することはできません。私は生きます。私の血筋は続いていくでしょう。

 けれども、恐ろしいことに、チェルノブイリは、私の人生に、私と同じ年頃のひとや、ベラルーシの全ての人々の心と体の中に姿をひそめ、長期間にわたって、困難で、厳しい試練を与えるでしょう。神様、この試練も、宇宙の生きとし生けるものたちの義務なのですね。そのすべてが、神様の光、善、太陽に近づくためのもの、と信じて私は生き続けます。

 チェルノブイリ。それは私たちにとって永遠の苦痛であり、不安です。それは見えない毒であり、放射能から身をかくす場所を探し、療養のために、新しい土地を旅行することを私たちに強います。そんな生活の中では、知らない土地で出会った人々の暖かい心づかいだけが私たちをなぐさめてくれます。見ず知らずの人々が、言葉でいいあらわせず、予測もできない私たちの苦痛を理解してくれました。

 チェルノブイリよ、まだ何かしようとしているのですか。どれだけの未知のことを。喜びの歌は、私の国民から奪われてしまいました。

 ごめんなさい、わが見知らぬ友よ。手紙をこんな悲しい言葉でしめくくって。あなたが私の話を最後まで聞いてくれて、うれしいです。

 ありがとう。あなたが私の想像の中にいてくれて。

 お元気で。

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子供たちのチェルノブイリ

Author:子供たちのチェルノブイリ
昔、こどもたちのチェルノブイリの作文集を選ぶボランティアをしました。この時の衝撃は今も心に残っています。
 連絡先
 ohanamoon@gmail.comまで

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