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空に鳥の震えるような声を聞く ナターリア・コジェミャキナ(女)

空に鳥の震えるような声を聞く ナターリア・コジェミャキナ(女)
 第三中等学校11年生 スベトロゴールクス町

 幸いなことに、私の家族や知人の中に事故処理作業に参加した人はいませんでした。私たちの住んでいたところは、役人さんの言葉をかりれば「放射能の許容線量(※)以下」のところでした。だけど、放射能は、許容されるようなものでしょうか。放射能によって私の家族の中に病気が侵入しても、だから病気も許容されるなんていうのでしょうか。


※許容線量
 原子力によるメリットを考慮し、人体が受けてもしかたないとされる量。この値は、純粋に人体の安全が考慮されているのではなく、経済や各国の政策がかなり関与している。一般人では年間1ミリシーベルト。原子力等作業従事者では年間50ミリシーベルトとなっている。

 チェルノブイリ原子力発電所で事故が発生した直後、「チェルノブイリ」の言葉が、「大惨事」、「悲劇」、「苦痛」、「涙」の代名詞になることを、いったい誰が予想したことでしょう。

 放射能は目に見えず、色もなく、匂いもありません。炎のように夜空に舞い上がり、空の見えない空気の流れに乗って、春の薫りにあふれた山河に広がっていきます。しかし、そのことをわかるようになったのは、もっと後のことでした。

 事故処理が一段落して、リクビダートルたちが、家族や、両親や妻のもとに帰ってきました。作業からもどった夫や息子たちは恐ろしい病気に犯され、まるで老人のようでした。作業に出る前は、若くて、健康で、すばらしい未来を夢見ていた人たちだったのに・・・・・・。

  乾いた熱風 たとえそれが毒されていても
  吸わずには生きられない
  病人だって吸う
  病院も薬局もあてにはならない
  病人を救う知恵などもっていないから

 私たちが大惨事を初めて感じたのは、数十、数百という村が鉄条網で囲まれ、広大な土地が「ゾーン」と呼ばれるようになったときでした。ふるさとには「汚染地区」という名前がつきました。人々は恐怖の中で、今までの生活の基盤をすべて捨て、わずかな希望をたよりに、知らないところへと脱出しました。でも、どこへ行ったらましになるというのでしょう。

 ここスベトロゴルスク地区にもゾーンから移住してきた人はたくさんいます。みんなは、移住の時に指導者が約束してくれたことを信じていました。人間的な水準の生活を期待し、人の親切を期待し、それがふるさとへの郷愁に勝てると期待しました。しかし、そのとおりにはなりませんでした。じめじめした家、小さすぎる納屋、不十分な物資的支援、援助の不足、そしておまけに「お役人仕事」・・・・・・みんなこんな目にあいました。

 ブラーギン地区出身のマリア・ミロンチックさんはこう言いました。

 「クラスノフカ村の人たちはいい人ばかりよ。でも、しょせんうちの田舎の人じゃないのよね。やっぱり自分の家のほうがいいわ。たとえ土地は病んでいたとしてもね」と。

 このようにして、たくさんの家族が行列をなして、帰っていきました。ゾーンへの、閉鎖された村へと。そして今、何千人もの人が放射能という目に見えない死のベールに包まれて生活しています。そこに住む母親たちは涙ながらに、自分の子どもの目を見つめます。まるで、自分やまわりの人たちの不幸が自分のせいだと責め、許してくださいと言っているかのように。

  私は空高く 鳥がかん高い声で鳴くのを聞いた
  チェルノブイリの不幸の日々を予告したのか
  だが親たちにはわが子を守るすべはない

 疑問だらけです。どう生きればいいのでしょう。外で遊んではだめ。森に行ってはだめ。川で遊んではだめ。イチゴを摘んではだめ。幼い子どもにこれをどう言い聞かせたらいいのでしょう。みんなだめと言えば、子どもらしい生活はできなくなってしまいます。これではまるでカゴに閉じこめられた鳥です。

 私たちの地区で、もっとも汚染されている場所の一つが、コロレバ・スロボダ村です。そこの中でも特に汚染のひどいのが小学校の校庭です。放射能を測定する係官の線量計(※)は針が振り切れて使いものになりませんでした。それにもかかわらず、休み時間には子どもが校庭をかけまわり、砂遊びをしています。この学校では今でも授業が行われています。誰も心配しないのでしょうか。この子たちは、将来いったいどうなるのでしょうか。そして、その子孫はどうなるのでしょうか。


※線量計
 放射線の強さを測る機械。

 森はいつでも私たちに憩いの場を与えてくれました。しかし、今はいりぐちに「厳禁」の立て札が立っています。そこでは、人間の生活であたりまえのことが禁止されています。狩り、キノコ狩り、イチゴ集め……、今はみんな危険なこととなってしまいました。土地も、森も、花も、鳥も、獣もみんな地雷と同じです。それは爆発するものもあるし、爆発しないものもあります。放射能がいっぱい詰まっていて、人間の機能を爆破し、死にいたらしめることさえできるのです。

  プルトニウム(※)は減りつつある
  だが おそらく 今後永遠に
  畑も庭も それに育てられるのだ
  プルトニウムは減っている
  木の幹はすでに 不機嫌に
  スクリューのように 毒を吸い込んでいる


※プルトニウム
 ウラン238が原子炉の中で中性子を吸収してできる人工的な原子。高純度のプルトニウムは、少量で強力な原爆が作れるほか、毒性も非常に高く、わずか2キログラムで世界の人口をガンで死亡させることができる。

 時はたち、政府は人々が置かれている状況をよくするために動き始めています。大人には補償を与えています。しかし、これから生まれてくるものや、生まれたばかりのものたちへの補償のことは誰も何も言いません。せめて、来るべき問題や心配ごとから子どもたちを守ってやれないのでしょうか。子どもたちの笑顔がますます見られなくなったのはなぜなのでしょう。どのような補償が問題を解決できるのでしょうか。死者の苦痛、ふるさとのすでに死んでしまった土地、先祖の墓をあとにする苦痛、死者を思う悲しみをどんな方法で計れるというのでしょうか。若者や健康な人も病気におびやかされています。彼らの肉体は魂と、いのちと、幸福と、愛を求めています。

 私は信じたい。政府の指導者、裁判官が、今まで避けていたようなことにも顔を向けてくれることを。ぜいたくな別荘を建てたこともないような普通の人々の気持ちを理解してほしい。自分の子どもの命が永らえるように、そして少しでも喜んでもらえるように毎日がんばっている人たちの気持ちをわかってほしい。この現実を信じないとでもいうのですか。ゴメリ州立病院循環器科に行ってみてごらんなさい。何にも興味をしめさない赤ちゃんの目や、赤ちゃんが助かる希望をなくし、悲しみから髪が真っ白になってしまった若い母親の姿を見ることができます。この光景を見たら、みんなに、そして一人ひとりにこうたずねたくなるでしょう。

 「みなさん。この苦しみにもてあそばれているような日々は、いつまで続くのでしょうか。母親の悲しみ、子どもの早すぎる死、民族の滅亡にたいして誰が責任をとるのですか」と。

 この質問に対する答えをいつかは聞けることを信じています。

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子供たちのチェルノブイリ

Author:子供たちのチェルノブイリ
昔、こどもたちのチェルノブイリの作文集を選ぶボランティアをしました。この時の衝撃は今も心に残っています。
 連絡先
 ohanamoon@gmail.comまで

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